幽霊西へ行く(日语原文)-第3章
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最初の年の訪問はそれでも何のこともなくすみました。しかし翌年の秋、小林三郎がふたたびこの海岸を訪《おとず》れた時、松田先生は既《すで》にこの土地へ帰って来ていました。そして、その年、この事件は突発《とつぱつ》したのです。
夫人に思いを焦《こが》していたのは、この勝原彦造も同じだったかも知れません。彼《かれ》は先代時代から、松田家とは心易《やす》かったのをいいことに、機会さえあれば、松田先生の留守宅に入り浸《びた》っていました。多少小金があったので、漁師に金を貸したりして、高利貸のように嫌《きら》われ者でした。中学校を出ているだけに、悪智悾钉铯毪陇ā筏趣いい郡い瑜Δ暑^が働き、何かといえば、すぐ法律を持ち出して、相手を茫钉伞筏筏膜堡毪韦护扦筏俊¥饯韦Δā⑼蟆钉Δ恰筏霉潳像R鹿《ばか》に強く、中学当時も、柔道《じゆうどう》は三段だったというくらいで、命知らずの漁師たちも、喧嘩《けんか》ではてんで初めから歯が立たなかったのです」
いつの間にか、太平洋の彼方《かなた》には、黄金色《こがねいろ》の満月が昇《のぼ》り始めた。冷たい冬の月光が、チラチラと幾《いく》千万の銀波に散って、何となくきびしい寒さが身にしみた。緊張《きんちよう》しきった、私の耳には、この時社《やしろ》の裏手の方で、ガサリという物音が聞こえたように思われたが、いや、人の来るはずはない。野鼠《のねずみ》か、鴉《からす》の羽音でもあろうと、私は強く心に打ち消した。
「ただ一つ、この男の自慢《じまん》していたのは、女に対する腕でした。どんな女でも、自分が一度|狙《ねら》いをつけたら、必ず物にして見せると、私たちは初めはその言葉を馬鹿《ばか》にしていましたが、後からそれを考えて見ると、いや、決して嘘《うそ》ではありません。醜男《ぶおとこ》で、背も低くちっとも風采《ふうさい》の上がらない男ですのに、女を口説《くど》くことにかけては、天才的といいたいような、力を持っているのでしょうか。それとも女というものはああした相手に、私たちには理解の出来ない魅力《みりよく》を感ずるものでしょうか。
大分横道へ外《そ》れてしまいましたが、とにかくこうした二人の男が、澄江夫人を繞《めぐ》って存在していたために、警察でも一応はこの二人にも注意の目を向けたのは当然でしょう。
しかし事件の当夜は、この二人には十分のアリバイがありました。
死亡時間は、午前一時前後と推定されています。というのは、松田先生は当日、離《はな》れの座敷《ざしき》で一人で眨傥铯颏筏皮い郡瑜Δ扦工贰⑹䲡r十分過ぎごろ、往浴钉Δ筏蟆筏蝾m《たの》む、と電話がかかって来たので、看護婦が知らせに行って、その姿を見ています。大層|不機嫌《ふきげん》で、病気だからといって断れ、今晩はどこへも出ないから、といったそうです。奥《おく》さんの方は、風邪気味《かぜぎみ》で、早くから床《とこ》に就《つ》いていました。
一方、小林青年が、林の中で、尾形三平を発見したのは、二時ちょっと過ぎだったようです。人間一人入れるだけの、穴を掘《ほ》って死体を埋《う》めるには、一時間はたっぷりかかりましょうから、どうしても犯行は、一時前後と見るほかはありません。
ところがこの二人とも、その晩は、野沢町から二里、死体の発見された現場からは、一里もあるこの村|外《はず》れの、勝原彦造の家で宵《よい》から飲んでいたのです。十二時までは、外《ほか》にお客もありました。それを過ぎてからは、二人と家族だけになったというのですが、たとえ自転車に仱盲仆鶑亭筏郡趣筏皮狻ⅳ长伍gにこの距離《きより》を往復し、殺人を行い、その死体を埋めて帰って来るなどいうことは、到底《とうてい》出来ることではありません。
ただ小林三郎が、なぜ二時ごろになって帰って来たか、それに疑問があるのですが、彼《かれ》は初めは泊《と》めてもらうつもりだったし、家族もそのつもりで、離《はな》れに二人の床《とこ》を敷《し》いていたのだそうです。それが二時ごろになって、どうしたのか、二人が急に喧嘩《けんか》をはじめ、なぐりあいをしそうになって、小林青年は憤然《ふんぜん》と家を飛び出したのだそうですね……
これ以上、どこからも突っこむ余地はなさそうでした。しかし私は、自分を松田先生の立場において、考えて見たとき、あの恐《おそ》ろしい悪魔《あくま》のような考えに思い当たったのでした。
何年という空漠《くうばく》たる戦場の生活に、生命《いのち》をかけて苦しんで来た自分が、やっと内地へ帰って来た時、最愛の妻の心はもはや自分のものではなかった……
何という責め苦でしょう。艱難《かんなん》でしょう。火と剣《けん》の地獄《じごく》を通り過ぎたと思ったら、今度はそれよりも更《さら》に苦しい恐ろしい、愛慾《あいよく》と煩悩《ぼんのう》の地獄が待っていたのです……酒も仕事も、心を静めることはできません。日夜|荒《あ》れ狂《くる》う心中の火が、彼の心を悪魔にしました。
二人のどちらが、妻の心を奪《うば》ったのか、そこまで突《つ》きとめることはできませんでした。だが一石で、この二人を同時に除くことができたなら……それは不貞《ふてい》の妻への、この上もない復讐《ふくしゆう》でした。或《あるい》はそれによって、妻の心がもう一度、自分に帰って来ないものかと……戦場で悲惨《ひさん》な目を見て来た彼には、他人の命の一つ二つ、虫けらの命ほどにも思われなかったのでしょう。
彼の計画は、この上もなく恐《おそ》ろしいものだったのです。その夜二人が、勝原家で酒宴《しゆえん》を催《もよお》すことを知った彼は、深夜自動車でこの村へ訪《おとず》れ、勝原家の離《はな》れ座敷《ざしき》に忍《しの》びこんで、二人を殺害しようとしました。
だが、二人の死体をそのままそこに残しては、勿論《もちろん》犯人が外《ほか》にあるのではないか、ということになります。彼の計画は更《さら》にその上手《うわて》を行って、勝原彦造の死骸《しがい》だけをその場に残し、小林三郎の死体を撙映訾贰⒂谰盲苏l《だれ》の目にもつかない所に処分することでした。
一石二鳥の計画でした。一つの死体と一人の失踪《しつそう》……当然犯人は、小林青年だということになりましょう。だがどんなに捜索《そうさく》の手を伸《の》ばしても、彼が生きて発見されるはずはありません。悪魔《あくま》は凱歌《がいか》を上げながら、勝利の杯《さかずき》に酔《よ》いしれることができるのです。
ただ死体を近くにかくしては、万一の場合発見される危険もあることです。できるだけ遠くへ撙螭扦胜堡欷小
それで彼は、尾形三平に万事を打ちあけ、彼に自動車を哕灓丹护啤ⅳ长问录喂卜袱耸工Δ葲Q心しました。
愚直《ぐちよく》な彼《かれ》のことでした。ことに主人の命令は、善にもあれ、悪にもあれ、彼には絶対至上のものだったのです。ところがこの計画は、計画全体を根本から覆《くつがえ》してしまうような、一つの大きな力が働いたのです。
いつの間にか、二人の間に、こうした恐《おそ》ろしい計画が進められていることを知った澄江夫人は、初恋《はつこい》の人、小林三郎の身に危険の及《およ》ぶことを恐れて、この事を相手に内通しました。そうして一刻も早く、この海岸から立ち去ってくれと、涙《なみだ》を流して懇願《こんがん》しました。
しかし大胆《だいたん》不敵にも、この青年は、一歩も後へ退こうとはしませんでした。そればかりか、逆に相手の計画を逆用して、この医師の生命を奪《うば》い、愛人を救い出そうとしたのです。勝原彦造と酒を飲みながら、十分のアリバイを作り、時間を見計って、離《はな》れの座敷《ざしき》へ入ります。そして忍《しの》びこんだ松田医師を逆に金槌《かなづち》でなぐり殺し、顔を誰《だれ》か分からぬように目茶目茶に叩《たた》き潰《つぶ》し、着物を剥《は》ぎ取って、その死体を撙映訾贰⑦転手に、俺《おれ》は後一人殺して自転車で逃《に》げ出すから、早くこの死体を撙螭怯瓒à螆鏊寺瘛钉Α筏帷⒓s束《やくそく》の場所で待ちあわすようにと、松田医師を装《よそお》って、ささやいたのです。お分かりになりましたか。この事件での『顔のない死体』の意味が……
少なくとも、一人の人間、哕炇证坤堡稀ⅳ长违去辚氓摔瑜盲啤⑼耆摔ⅳ钉啶欷皮筏蓼盲郡韦扦埂1摔闲×秩嗓嗡捞澶坤趣肖晁激盲啤⒆苑证沃魅摔嗡捞澶颏膜い亲詣榆嚖摔韦弧ⅳⅳ瘟证蓼菐ⅳ盲粕扒稹钉丹妞Α筏搜à蚓颉钉邸筏盲坡瘛钉Α筏幛郡韦扦筏俊¥坤×智嗄辘问耸陇稀ⅳ蓼酪护牟肖盲皮い蓼筏俊a幛沁転手が捕《とら》えられて、一切を白状してしまっては、せっかくの計画も、水の泡《あわ》となってしまいます。
彼《かれ》はわざわざそのために、喧嘩《けんか》を始めて引き返し、指定の場所へ急いだのでした。そこで待ち受けていた哕炇证蜻怠钉郡俊筏瓪ⅳ贰姷痢钉搐Δ趣Α筏艘u《おそ》われた上の正当防衛だ、と届け出れば、時が時、場合が場合だけに、その言い分は通用します。この計画を立てた医師が、自分の行動を秘密にしているのは当然ですから、まさか往浴钉Δ筏蟆筏瓮局小钉趣沥妞Α筏蛞u《おそ》って、小林三郎が二人を惨殺《ざんさつ》したのだとは、誰《だれ》一人として思いますまい。
主人だとばかり考えて、林の中から現れたこの哕炇证⒔菬簟钉趣Α筏喂猡切×智嗄辘晤啢蛞姢郡趣巍ⅳ饯误@《おどろ》きは容易に分かることなのです。自分たちが、たった今、殺して埋めたとばかり思っていた男が、生きて自転車で現れたのですもの、幽霊《ゆうれい》かとも思ったのでしょう。しかし相手は生きている! しかも目の前に、ジワリジワリと、自分を殺そうとして迫《せま》って来る!
この哕炇证⑼径恕钉趣郡蟆筏税k狂《はつきよう》してしまったのも、決して無理とは思えません。
哕炇证蛉·辘丹à啤k狂しているのを知った小林三郎の口もとには、またしても恐《おそ》ろしい、ぶきみな微笑《びしよう》が浮《う》かび上がって来ました。
発狂しているのなら、彼の口から、事件の真相の洩《も》れる気づかいはない。そんならここで殺すよりも、このまま警察へつき出す方が、自分の身も安全だし、医師殺しも、彼の発狂《はつきよう》しての犯罪だと思われるだろうと、悪魔《あくま》がかすかにささやいたのです。
哕炇证蚩‘《しば》り上げ、かくして持って来た、タオルや金槌《かなづち》を、その場に捨てると、彼は自転車のペダルを踏《ふ》んで、深夜の道を野沢町へと急ぎました……
『顔のない死体』のトリックは、一人を一時あざむくことに成功し、ひいては万人を永久にあざむくことに成功したのです。
「先生、これが私の推理し得た、この事件のかくされた真相だったのです……」
私はもはや、はげしい興奮を禁ずることは出来なかった。燦《さん》として輝《かがや》く月光を浴びて、彼の顔には、いまや蔽《おお》い得ない、悪鬼《あつき》にも似た殺気が漲《みなぎ》り溢《あふ》れている!
「先生、あなたは私が、実際の事件を、小説的に脚色《きやくしよく》したことをお責めになりました。いかにもそうでないとは申しません。だが先生、あなたも今こそお分かりでしょう。三年前を十年前といい直し、小林三郎を木下晴夫と改めれば、これはそのまま先生の体験なさった事件のはずです」
彼の言葉の通りであった。いかにも今から十年前、私はこの海岸で、人妻となった澄江と許されぬ恋《こい》に陥《お》ちた。その結果、あの恐《おそ》ろしい『顔のない死体』の事件が起こったのだ。これは私の心の中に、長く癒《い》えない痛手を残し、私の良心は澄江の美しい面影《おもかげ》を描《えが》き出しては、たえずタラタラと鮮血《せんけつ》を迸《ほとばし》らせていた。だが、或《あるい》はその傷の癒《い》やされることもあろうかと、自分勝手な考えを抱《いだ》いて、訪《おとず》れて来たこの村で、この事件のことを聞こうとは。かくも鋭《するど》く、事件の裏の秘密を曝露《ばくろ》されようとは……
「あなたはいったい誰《だれ》なのです……」
私は思わず口走っていた。
「お分かりになりませんか。あなたの恋人《こいびと》に、信吉という弟のいたことを覚えておいででないのですか……」
信吉、信吉、澄江の弟……そういえばたしかにそれにちがいない。月明りとはいいながら、それをどうして、今の今まで、気がつかないでいたのだろう。
「僕《ぼく》はあなたの行動をば、責めるわけではありません。正当防衛としては、あまりにも度を越《こ》した行動ですが、あなたとしては、あの場合、止《や》むを得なかった行為《こうい》だと、弁解なさることも出来ましょう。ただあなたが二度までも、姉に対してなさった背信の行為……それだけは、僕は断じて許せません。姉は信じたあなたに裏切られたため、止むを得ず、勝原彦造に嫁《とつ》ぎました。そしてふたたび、地獄《じごく》の責め苦がつづきました。美しかった姉なのに、いまは全く廃人《はいじん》です。生ける骸《むくろ》となったのです。これを思えばみんなあなたのため……」
「君は僕をどうしようというんだい」
私は自分の首に迫《せま》って来る、鋼鉄《こうてつ》のような彼の両手を感じて、思わず立ち上がった。
「復讐《ふくしゆう》です。この戦争がなかったら、もっと早く、姉の恨《うら》みは晴らしたのですが……
先生、あなたとここで会ったのを、単なる偶然《ぐうぜん》とお考えですか。決してそうではありません。
郷里に帰った先生の跡《あと》を、今までつけて来て、初めて機会が得られたのです